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(2009/11/19)

“映画屋”の誇りに貫かれた音楽ドキュメンタリー『E.YAZAWA ROCK』公開

 今年、60歳を迎えたロックスター矢沢永吉の生き様に迫った映画『E.YAZAWA ROCK』が公開される。監督を務めたのは80年に公開された、同じく矢沢のドキュメンタリー映画『矢沢永吉 RUN&RUN』をプロデュースした増田久雄氏。「なぜ今、矢沢なのか?」──。映画製作に込めた熱い想いを増田監督が語る。

 男の色気を漂わせた歌声とパワフルなステージで日本のロックシーンを疾走し続けるカリスマ=矢沢永吉。11月21日に公開される『E.YAZAWA ROCK』は、ドキュメンタリーというかたちでそのパワフルな魅力を掬いとり、60年に及ぶ生き様をくっきりと映像に焼き付けている。

 監督を務めたのは、『チ・ン・ピ・ラ』や『ラヂオの時間』などのプロデューサーとして知られる増田久雄氏。『矢沢永吉 RUN&RUN』をプロデュースして以来、親交のあったことから初めてメガフォンをとった。

 「一昨年の夏に久しぶりに会って、もう1回『矢沢永吉 RUN&RUN』を観ようと盛り上がり、試写室を借りてふたりで観ていると、スクリーンに30歳の矢沢がいて、隣に間もなく60歳を迎えようとしている矢沢がいる。本質は変わらない、ブレていないけれど、何かが変わってきている。でも、それが何かわからないけれどステキな変わり方をしている。そのときにもう1回、永ちゃんの映画を作りたいという気持ちが、ふつふつと湧いてきました」

 当初は別に監督を立てることも考えたというが、自ら手がけたい思いが勝った。 「今回、他の誰かを立てるとしたら、ぼくが矢沢と監督の間の“通訳”をしなければならないし、通訳が入ると伝わらないことも多い。それが嫌だなと思いました。何より『矢沢永吉 RUN&RUN』の使っていないフィルムがいっぱい倉庫から出てきた。フィルム缶は錆びついていたけれど、使用に耐える映像が5万フィートもありました。その内容を知っているのもぼくだけだし、今と昔の永ちゃんを知っているのもぼく。だったらやってみようと決心しました。永ちゃんも快諾してくれましたしね」


■“素顔の矢沢”をどう捉えるか

 製作開始の時点ではプロデューサーとしてヒットの勝算はまったく考えていなかったと増田氏は笑う。07年に撮影を始めて08年の公開を予定していたが、矢沢本人が1年の撮影延長を希望したことから完成が今年にずれ込むことになった。

 「まだヤザワを撮りきれていないし、もっと自分をさらけ出したいというのがその理由でした。監督としては素材が増えるし、断る理由はありません。プロデューサーとしては追加製作費もかかるわけだし、配給の下話が進んでいただけに頭を抱えましたが(笑)」

 編集していくと、最終的には本編の3分の1が延長した時期の映像に。自らの本質を熟知している矢沢永吉に対して、増田氏も脱帽するしかなかったという。

 「撮影を延長したことで明らかに作品は深くなりました。昔の映像を再度検証して挿入する時間ができたのもすごく良かったし、彼の30年に及ぶ生き様、現在の彼の人となりを焼き付けられたと思っています。心がけたのは安易なテレビ・ドキュメンタリーとの差別化を図ること。もちろん『矢沢永吉 RUN&RUN』からも進化していたいし、ライヴDVDとも一線を画すことが必要です。オフステージや素顔をどう捉えるかが、映画屋の真価だろうと自分では考えています」

 石原裕次郎の勧めで石原プロモーションに入り、フリープロデューサーを経て、75年に製作会社プルミエ・インターナショナルを設立。長年、映画界に籍を置き、数々の作品を手がけてきた増田氏にとって、“映画屋”の誇り、矜持に貫かれた作品に仕上げることが最大の眼目でもあった。そこには氾濫する“志の低い”日本映画に対する批判も込められている。

 「誰もが映画を作れる時代にあって、映画屋が何を作っていくべきなのか。スケールのことではありません。素人とは違う視点を持った作品が少なくなっている気がします。映画に対して、プロはもっと誠実に接していくべきだと思います」

『E.YAZAWA ROCK』

『E.YAZAWA ROCK』
公開:11月21日より新宿バルト9ほか全国ロードショー。配給:東映
(c)2009 映画「ROCK」製作委員会

増田久雄監督

増田久雄監督
ますだ ひさお●1946年10月、東京都生まれ。ヨットを通じて知り合った石原裕次郎の勧めで、早稲田大学卒業後に石原プロモーションに入社し、映画製作に携わる。退社後はフリーの映画プロデューサーとなり、75年に製作会社プルミエ・インターナショナルを設立。自らの創作活動の拠点とする。89年の「アルゴプロジェクト」や92年の「シネマジャック」プロジェクトなど、映画界の新しいムーブメントにおいて中心的な役割を果たすとともに、演劇やテレビ番組の製作をはじめ、小説や脚本の執筆、翻訳など幅広い分野で活躍中。

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