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アコギの可能性を押し広げる新星ギタリスト 馬道まさたか

(2020/06/22)




 今年5月に配信リリースされた馬道まさたかのメジャーデビューアルバム『YELL!』。爽やかさで瑞々しい表題曲「YELL!」にはじまり、繊細かつアグレッシブな「威風堂々」、どこか懐かしさを感じさせる「あかね雲」など、そこには彼の多彩な心象風景が広がっている。その豊潤なサウンドを聴きながら、ふと思う。これは本当にアコースティックギター1本で奏でられたものなのか、と。「アコースティックギターは進化の過程にある楽器」という本人の言葉通り、その可能性をも体感できる仕上がりになっている。

これまでの歩みが凝縮されたデビュー作『YELL!』の多彩な味わい

 アルバムに収録されているのは全7曲。個々のカラーが際立つ選曲となっている。
「アコースティックギターを使っているけれど、もっと別の音色で気持ちよくなれないかなと考えて、「YELL!」や「BLUE WAVE」、「Ignition 2020」では、イコライジングやエフェクトを突き詰めて制作したり、そのなかに「あかね雲」のようなナチュラルな古き良きサウンドを入れてみたり。一番大変だったのは、「威風堂々」のアレンジでした。有名なオーケストラ楽曲の1つなので繊細さやダイナミックさをわかりやすく出して、僕にしかできないアプローチにしたかったのと、生で演奏した時の迫力も考えました。この曲は、生演奏で聴くと、全然違う響き方がすると思います」

 パーカッシブな奏法を駆使して、実に雄弁に語りかけてくる馬道のギターサウンドを聴いていると、現在の演奏スタイルに至るまで、どんな経緯を辿ったのだろうかと、妙に気になってくる。

 ギターとの出合いは小学校6年の時だった。友人が弾くアコースティックギターの音色を聴き、「こんなにいい音がするんや、って感動したんです」。自分で弾いてみたいと思い、自宅の押し入れにあった、昔母親が使っていたフォークギターを取り出して独学で練習を始める。「オフコースのコードブックがあって、「さよなら」は“Em7”って1つしか押さえるところのない一番簡単なコードから始まるのですが、それから練習していきました」
 
 やがて、友人とバンドを組んで、学園祭でスピッツの「空も飛べるはず」や、BUMP OF CHICKENの「車輪の唄」をコピーして披露するようになる。周囲から「ギター上手いね」と言われると嬉しくなり、ギターの練習にもいっそう熱が入っていった。「学校から帰ってきて毎日3〜4時間はギターを弾いていました。練習感覚ではなく、ただ楽しかったですね。滋賀の田舎に住んでいたので、山に登るか、ギターを弾くかしか楽しみがなかった(笑)」と当時を振り返る。


5月に配信リリースされたメジャーデビューアルバム『YELL!』

中3でアコースティックギターのインストゥルメンタルと運命の出合い

 そんななか、中3でアコースティックギターのインストゥルメンタルと運命的な出合いをする。きっかけは友人から借りた押尾コータローのCDだった。
「歌詞がなくても情景が浮かぶし、喜怒哀楽さまざまな表情があって、すごく衝撃を受けました。それまでは普通にアルペジオの弾き方でしたが、押尾さんの演奏を知ってからは、いろんなギタリストの奏法に興味が湧きました。当時、YouTubeには今ほどたくさんのギターの演奏動画は上がっていませんでしたが、見つけては、どうやって弾いているんだろうと見様見真似で弾いていくうちに、僕の演奏スタイルも変化していきました」

 友人とギターインストゥルメンタルユニットDEPAPEPEの楽曲をコピーし、マイケル・ヘッジス、トミー・エマニュエルといった海外のギタリストの演奏を聴いて、「メロディー」「ハーモニー」「リズム」をギター1本で表現するギターインストゥルメンタルの魅力にどっぷりとハマっていく。バンド活動と並行してソロ活動を行い、曲作りも行うようになっていった。

 ターニングポイントを迎えたのは2008年、テレビ朝日のストリートミュージシャンを紹介する音楽番組『ストリートファイターズ』への出演だった。「YouTubeに1本だけ動画を上げていたので、その映像も付けて応募しました。そうしたら、“滋賀の大自然の中で、自然にインスピレーションを受けて作曲している16歳の少年がいる”って取り上げられて」。この放送の反響は、本人の想像を超えるものだった。インターネットの彼の掲示板には、「CDが欲しい」という書き込みが全国から寄せられた。「リクエストに応えたいと思い、録音機材を買ってCDを制作して郵送で販売しましたね」

押尾コータローのギターが結んだ縁でネクストステージへ

 プロデューサーの高田浩希氏も同番組を観て、ソーシャル・ネットワーキング・サービス「Myspace」から馬道にメールを送った。「確か夏休みの時期で、高校生特集だったかな。ギターのインストゥルメンタルをやっている高校生というのは珍しいと思いましたし、僕自身、押尾君をデビューさせた経緯もあったので、ギタリストには興味があって。ちょうどその頃、若手を育成したいなと思っていた時期でもありました」
 
 押尾コータローで繋がった2人の出合いは、ある意味必然だったのかもしれないと思わせるエピソードだ。そのメールがきっかけで、馬道とやりとりするうちに、高田氏は他のギタリストにはない才能に気づいていく。
「まず演奏に勢いがあってキレがある。フレーズのこなし方もスピード感があってスリリング。加えて、アコースティックギターを大事にしながらも、考え方が凝り固まっていない。例えば、エフェクターをかけて歪ませるとか、これまでタブーなんじゃないかということも、柔軟にトライしてみる。そういう吸収力は今まで出会った人の中で頭抜けていると思います」

 13年には高田氏からの「一緒に曲を作ってみないか」の提案を受け、曲作りが始まる。やがて、それはインディーズデビューアルバム『The Moment』(13年)制作へと発展。その後、グランフロント大阪とFM802の共同イベント「MUSIC BUSKER IN UMEKITA」のオーディションを受けた馬道は、ストリートライブの公認ライセンスを手に、大阪梅田駅の北側広場で定期的にライブを行うようになる。「ストリートライブの魅力は、お客さんとコミュニケーションができること。お客さんの反応にはいろんな発見があるし、課題も見つかる。パフォーマンス自体も突き詰めたいと思っていたので、ビデオを撮って高田さんに送って意見をもらったりしていました」

活動拠点を大阪から東京へ 初ワンマン、初海外公演で広がる活躍の場


台湾で行ったライブの模様

 15年には活動拠点を東京へ移し、サラリーマンと音楽活動の二足のわらじ生活を始める。東京ではゼロからの出発ということもあり、ギター1本でお客さんを100人集めてワンマンライブをやることを目標に、ストリートライブをやって集客して、チラシを配ってという日々を送った。その目標は、上京した翌16年11月に達成する。東京・三軒茶屋グレープフルーツムーンで初のワンマンライブを行い、翌17年にも2年連続でワンマンライブを行っている。

 また、同年には、大阪のMSI JAPANが企画した台湾でのライブへ出演を誘われ、初の海外ライブを体験している。「不安と期待が半々でしたが、実際行ってみたらすごく反響があって。持って行ったCDは完売しました。僕の演奏を観たライブハウスのオーナーから“ギャラを払うので自分の店でやってほしい”と声がかかって、予定されたライブ以外にも演奏することになるなど、いろんな広がりが生まれました」
 翌18年には音楽フェス「Love Love Rock Festival」、昨年も「Megaport Festival」に出演 するなど、台湾との縁が続いている。観客の音楽を聴くスタイルや日本とは異なるトレンドを肌で感じ、多大な刺激を受けている様子が言葉の端々から伝わってくる。

目標は“日本を代表するギタリスト” 常に違うアプローチ、奏法でギターの演奏表現を拡大

 メジャーデビューの話は、19年夏あたりに持ち上がった。20年春のリリースを目指し、秋口から年末にかけて曲作りを行い、年末からレコーディングに入るという目まぐるしさだった。結果的に、コロナ禍でのメジャーデビューとなったわけだが、これまでの活動の基盤であったライブ活動が、思うように行えない状態にある今、今後の活動について、どのように考えているのだろうか。

「ギターはピアノやバイオリンに比べて歴史が浅く、まだ多くの可能性が秘められている楽器です。なかでも特殊奏法の発達はこの10〜20年のことで、進化の過程にあります。簡単に弾けるけれどカッコ良くて、かつアコースティックギターでこんな音が出せるんだ、という可能性を追求していきたい。そのためには、ライブはもちろんですが、楽曲作りが大事だと思っています。常に違うアプローチ、奏法で新しい表現をしていきたい。それを伝える手段として、ライブやリリース、SNSでの動画アップ、オンラインライブなど、状況を見つつ試していこうと思っています」

 ゆくゆくは“日本を代表するギタリスト”と言われるような存在になりたい、という目標を持つ彼に迷いはないようだ。持ち前の柔軟性と強い意志を以て、馬道まさたかはインストゥルメンタルギターの面白さ、可能性を私たちに提示し続けてくれるに違いない。
(文・カツラギヒロコ)

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