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音楽フェスの空気感はライブ配信で再現できるか?パンダ音楽祭の挑戦

(2020/06/10)




 音楽ライブイベント再開の目途が立たないことを背景に、有料ライブ配信サービスへの取り組みが加速している。配信プラットフォームも充実し、気軽にライブ配信やマネタイズができる環境も整ってきた。とは言え、その歴史はまだ浅い。トライアンドエラーを積み重ねることによって蓄積されるノウハウが、新たな価値を生み出し、市場の拡大につながっていくに違いない。今回は音楽フェスティバル『パンダ音楽祭』の事例から、ライブ配信ならではの「価値の提供」と「フェスとオーディエンスの関係性」について考えてみたい。

一音楽ファンが主催する音楽フェス。初めて挑んだ有料ライブ配信の成果



 2012年に始まった『パンダ音楽祭』は、例年5月に東京・上野恩賜公園の水上音楽堂(1212席)で開催されている、弾き語りアーティスト中心の音楽フェスティバルだ。「都会のピクニック」をテーマに、飲食物の持ち込み自由、会場の出入り自由など、オーディエンスの自主性を尊重したフェス運営が行われている。
 主催するのは会社員のパンダ氏(仮名)。一音楽ファンとして「自分の見たいフェスを作りたかった」というのがその成り立ちだ。照明や音響は外部のプロに委託しているが、そのほかの会場設営やチケット管理、来場者整理、グッズの物販などは、パンダ氏とその友人たちでまかなわれてきた。
 そんな手作り感あふれるフェスではあるが、初夏の野外という心地よい環境やラインナップの良さも相まって、1200枚のチケットは第2回目から毎回ソールドアウト。チケットを入手できなかったファンが、音漏れを期待して会場の外を取り囲むこともある。



 第9回目となる今年も例年通り開催の予定で、準備は着々と進められていたが、コロナ禍で会場での開催は不可能となった。そのため急きょ、5月23日に有料ライブ配信『おうちでパンダ音楽祭』として実施されることになった。
 出演者は曽我部恵一、奇妙礼太郎、関取花、眉村ちあき、Wyolica、藤岡みなみ(司会)。チケット販売プラットフォーム「ZAIKO」の有料ライブ配信機能を利用して生配信が行われた。15時に開演したライブは約4時間にわたって行われ、1500円に設定されたチケットは1100枚以上購入された。アーティストや運営に対する投げ銭も「びっくりするほど多くて。だいたい2人に1人は投げ銭してくれていましたね」とパンダ氏は振り返る。

「ただ収支は赤字でした。まあ、やる前から黒字にはならない概算ではいましたが(苦笑)。結論から言うと、映像にすごくコストをかけてしまったんです。ライブ配信はやりようによっては、限りなくコストを抑えることもできます。でも、コストはかけるべきところにちゃんとかけなければ、『(会場は)上野じゃないけど、みんなおうちで観ていると思うけど、今年もパンダ音楽祭やるよ』という形にならないんじゃないかと思って、そこは譲れなかったんですよね」

音楽祭の空気感を再現するためにこだわった照明・音響・撮影のクオリティ



 照明や音響は、例年と同じスタッフに依頼された。加えて、大判カメラ3台も投入された。コストは膨れ上がったものの、「ライブが軒並み中止になっていたので、いつもお世話になっているスタッフさんに少しでも還元したかった」という思いとともに、"いつものパンダ音楽祭の雰囲気"を再現したいという狙いもあった。

「たとえば照明ですが、野外音楽堂では、昼間は自然光を活かしてやわらかく、夕暮れが近づくにつれてだんだん色を効かせた空間に変わっていって。昼間はまったりした感じで観ていたお客さんも、暗くなるにつれてだんだん熱くなって最後には立ち上がっちゃうみたいな、そんな感情の高ぶりまでも演出してくれているんです。今回は屋内からの配信でしたが、そういった空間や時間の流れを、ちゃんと再現してくれて。Twitterで『いつもの上野の会場にいるみたい』とつぶやいてくれていた視聴者さんもけっこういましたね」

 ライブ配信での開催を決めてから、勉強のために多くのライブ配信を視聴したパンダ氏は、照明の重要さと課題に気づいたという。
「これはあくまで個人的な感想ですが、生ライブの照明って観客に向かってガッと当てたりするから、現場にいるとめちゃくちゃアガるんですよね。でも配信でそれをそのままやると、映像に支障が出て見づらいだけになってしまう。同じライブでも配信と生とでは、完全に照明を変える必要があるんだなと気づきました。それを理解していつもの雰囲気を再現してくれた照明さんはさすがだなと。それはPAさんにもカメラマンさんも言えることで、きちんとかけるべきコストはかけて、音楽祭のことをよくご存知の方たちにお願いして良かったと思っています」



 9年開催されていることもあり、音楽祭には常連ファンも多く、今回のライブ配信を視聴した人の多くも「たぶん参加経験がある人たちだったんじゃないかな」とパンダ氏は推測する。

「僕は常連さんのTwitterアカウントをわりと記憶していて。今回もタイムラインを見ていて『あ、今年も"来て"くれた』って人がたくさんいたんですよね。わりとファミリーの参加が多い音楽祭なので、今年は家族一緒におうちで観てくれた方もけっこういたと思います。ということは、チケットの実売は1100枚強だったけれど、視聴方法をファミリー、カップル、一人暮らしとならして考えると、だいたい実売×1.5倍くらいの人数が観てくれたんじゃないかなと…。でも、普段は3人家族だったら3枚チケットを買ってくれるわけで (苦笑)。そこもライブ配信の課題だなと思いました。その分、みんな頑張って投げ銭をしてくれたのかもしれないですけどね」

 会場のキャパシティに制限のないライブ配信であれば、"営業努力"で券売を大きく伸ばすことは可能である。しかし、パンダ氏はあまりそれには乗り気ではないようだ。

「努力したくないわけじゃないんですけど(笑)、新規のお客さんがドーンと増えることは、僕らにとってもお客さんにとってもいいことはないと思うんです。『パンダ音楽祭』のお客さんは、自主的に会場のゴミ拾いをしてくれるなど、すごくマナーがいいんですよ。それはたぶん常連さんたちが作ってきてくれたもので、初めて来たお客さんもその振る舞いを見て学習するみたいなところがあったと思うんです。じゃあ配信だとどうなの。そういったトーンやマナーを守ることができるの?ってことですが、今回の『おうちでパンダ音楽祭』のTwitterタイムラインもすごく和やかで、後半につれてだんだんつぶやきも熱くなってきて。そこもいつものパンダ音楽祭と同じ空気感だったんですよね」

キャパ無制限のライブ配信。動員はコントロールすべきか?



 同じような狙いからか、最近では人数制限を設けたサロン的なライブ配信を行う例も見られる。
「もちろんフェスを続けるためにはオーディエンスの新陳代謝も大事なので、これまでラインナップなど工夫してきました。でも、そこも緩やかにというか、お客さんがいきなり総入れ替えにならないようにも気をつけてきたんです。商業イベントをやっていらっしゃる方は、どんどん新規層を獲得したいと考えるかもしれません。だけどそれによって、大切に積み上げてきたものが壊れてしまうこともある。きちんと信頼関係を築いている人たちと密に深く関わりながら、新規のお客さんにも壁を作らないで風通しがいい感じ。一音楽ファンとしては、商業ライブでもそんな丁寧なコントロールをしてもらいたいなと思うんですよね」

 ライブ配信は生のライブ以上に視聴者の気分が可視化、共有されてしまう。万が一、今年のTwitterタイムラインが荒れたら「来年は行きたくない」と思った常連ファンもいたかもしれない。オーディエンスの自主性を尊重しつつも、イベントの雰囲気を作るのはやはり主催者サイドの役割。パンダ氏の「たとえキャパ無制限でも動員はコントロールしたほうがいい」という考え方も、その方法論の1つと言えるだろう。

「とは言え、赤字は褒められることじゃないですし、もっと頑張りようはあったかもしれない。例年は一応トントンの収支をキープしてきたので、ライブ配信でお金をいただくのって難しいんだなと痛感しました。だけどお客さんも満足してくれたようだし、アーティストのみなさんも『ライブができて嬉しかった』と喜んでくれたし、点数を付けるとすれば97点は付けられるかなと思っています」



 次にライブ配信を行う際には、「収支と届け方のバランスをもっと上手に考えられると思う」というパンダ氏。しかし、来年以降については、非常に頭を悩ませているところだという。
「いろんな意味での会場のアクセシビリティを考えれば、ライブ配信ってすごくいい取り組みだと思うんです。実際、今年は中国やアメリカ、イギリス、フランスで観てくれた人や、国内でも地方からのアクセスが想定以上に多くて、来年もやってほしいというコメントもありました。ただ、もし会場に1200人を入れて開催できるのであれば、それ以上に何人の方が配信チケットを買ってくれるだろうか、と。会場プラス配信で300人未満だと、完全に収支が取れない計算になるんですよ。そういう意味で、なんだかんだ言いながらやっぱり収支は最後までついて回る課題ですね」

 ありていに言えば、スポンサーをつけない独立系フェスだからこそ『パンダ音楽祭』が実現できたこと、一方で乗り越えられなかったことの両面がある。それでも一音楽ファンとしてのブレないスタンスを以て、健全なフェス運営を続けてきたパンダ氏の今回の挑戦と、ここで語られた手応えには、今後ライブ配信を行っていくうえで活かすべきヒントが詰まっている。多くの挑戦を繰り返していくことが、ライブ配信ならではの新たな価値の創出に繋がっていくに違いない。
(文・児玉澄子)

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